実は、ここ数ヶ月、エロマサの中にはモヤモヤした気持ちがあります。
それは、紗倉まなちゃんの出演する『最後の制服と、性交。 紗倉まな』を視聴したことでエロマサの中に生じたモヤモヤとなっています。
『最後の制服と、性交。 紗倉まな』のエロマサ的レビューは、↓から行けるページでしていますので、作品のことが気になる方は、そちらをチェックしてみて下さい。
『最後の制服と、性交。 紗倉まな』という作品が、エロマサの中にモヤモヤを植え付けた原因は、エロマサも把握しています。
それは、パッケージに刻まれた“制服卒業”の4文字。
今回は、そんな“制服卒業”の4文字にもたらされたモヤモヤや、そのモヤモヤから思い至ったことなどについて触れていこうと思っていますので、お付き合い願えますと幸いです。
目次
紗倉まなの制服は終了という衝撃!?
エロマサが、『最後の制服と、性交。 紗倉まな』のパッケージに記された“制服卒業”の4文字を目にした時に感じたモノは、衝撃でした。
27歳(2020年現在)の女性である紗倉まなちゃんに対して、失礼になるかもしれませんが、まなてぃーは容姿も可愛いですし、何より、“制服卒業”の文字が刻まれたパッケージの中に佇んでいる制服姿の紗倉まなちゃんが、超絶に制服姿が似合いすぎていたからです。
それは、作品の本編を視聴しても色褪せることなくエロマサの心の中にあり続けた想いになります。
正直、エロマサの中ではJK以上に制服を着こないしているとさえ思ってしまっています。
そんなにも似合っている制服を紗倉まなちゃんから奪い取ることを“誰が望み、誰が得をするんだ!?”って想いがくすぶり続けてしまっていて、エロマサの心の中のモヤモヤを産み出してしまっているのです。
2020年現在、27歳の自立した女性に対して、“JKの制服を着ろ”っていうのは、変な話かもしれませんが、しかし、紗倉まなちゃんはAV女優さんという職業についていて、愛と夢を売る商売をされている女性になります。
そして、制服姿の紗倉まなちゃんを目撃した多くの紗倉まなちゃんのファンが、エロマサと同じように紗倉まなちゃんの制服姿に魅了され、制服との共演の終了に涙しているのであれば、紗倉まなちゃんが制服を着ることを阻害する必要は無いようにエロマサには思えてしまいます。
何が言いたいのかっていうと、紗倉まなちゃんには“制服卒業”をする必要は無いし、紗倉まなちゃんの制服姿はこれからも見ていたいし、紗倉まなちゃんの“制服卒業”は断固反対だってことです。
ただ、2020年現在、27歳の紗倉まなちゃんが“着るのは嫌だ”って断固たる決意があるのであれば、エロマサのようなファンの中でも末席の、ジメジメした場所から声援しているだけの人間には、その意思を覆すだけの力も権利も無いですが、エロマサの想いだけは変わらずにあると思っています。
制服は青春の象徴ですが・・・
エロマサの中では“制服”は“青春”の象徴のように感じられています。
紗倉まなちゃんの周りにいるオトナ達が、“紗倉まなの制服は終わり”って判断したってことは、紗倉まなちゃんの青春時代が終わりを告げているのかもしれません。
青春って言葉は、イメージの良い言葉です。
少なくともエロマサの中では“青春”という言葉に、マイナスなイメージは浮かんではこないです。
ですので、制服が卒業となると、紗倉まなちゃんから“青春”という時期が過ぎ去りつつあるのだなぁって感じてしまうエロマサがいます。
ただ、紗倉まなちゃんには去り行く青春に心を囚われるのではなく、やってくる“朱夏”に心をときめかせて欲しいと思っています。
エロマサは既に、“朱夏”という人生の季節を過ごしている人間です。
“青春”の希望と理想だけを頼りに人生を歩む“青い春”では感じられない熱さが“朱夏”と呼ばれる人生の時期にはあると思っています。
熱さに負けずに“朱い夏”の辛さと楽しさに身を焦がしながらもしっかりと歩むことで、実りの多い“白秋”につながり、穏やかな“玄冬”を迎えることができるとエロマサは考えています。
少なくとも、エロマサは、そのように考えて紗倉まなちゃんよりも一足先に“朱夏”の熱さに身を焦がされつつも、熱さに負けないようにエロマサなりに苦闘しながら頑張っています。
エロマサは、朱夏の熱さを耐える力をくれているのは、青臭かった“青春”時代のエロマサ自身だと思っております。
青春の頃のエロマサの青いけど純粋さがあったあの頃の自分が、焼かれるような熱さをもたらす“朱夏”の中を歩む力をくれていると感じることは多いです。
エロマサのような“青春”を“怠惰”に過ごした時期もある者ですら、そうであるので、紗倉まなちゃんのように青春時代を一生懸命駆け抜けた人には、エロマサ以上の熱さがある“朱夏”であっても、熱さに負けずに歩んで行けると思いますし、“朱夏”は熱ければ熱い程、楽しいのではないかとエロマサは感じている節がありますので、“朱夏”を歩む楽しさを紗倉まなちゃんに実感して欲しいと想っています。
そして、朱夏の熱さを楽しむことで、紗倉まなちゃんというエロマサが大好きな女性が、もっと美しく、もっと格好良く、もっと輝く女性になっていくのではないかと思っています。
そんな想いが芽生えてくると“制服卒業”の4文字にも負の側面だけでなく、プラスの要素も含まれているように思えてきます。
とにかく、まなてぃーには“朱夏”の熱さに負けずに、その歩みを止めることなく、進んでいって欲しいと願っています。
エロマサも“朱夏”の熱さに負けないで、歩幅は狭くとも、歩みだけは止めることなく進んでいきたいと思っております。
ただ、『最後の制服と、性交。 紗倉まな』に刻み込まれている“制服卒業”の4文字に断固反対の想いだけは揺るがないモノがあります。
まとめ
エロマサは、『最後の制服と、性交。 紗倉まな』のパッケージにある“制服卒業”にモヤモヤした感情を抱いています。
そもそも、“紗倉まなちゃんに制服卒業は必要なし!!”って考えをエロマサが持っていることもあって、妙な寂しさとモヤモヤした感じを抱いてしまっているのです。
制服はエロマサの中で青春の象徴的なイメージがあり、紗倉まなちゃんが制服卒業をしなければならないのであるなら、まなてぃーも“青春”ではなく“朱夏”と呼ばれる人生の時期にさしかかっているのだろうと感じてしまいます。
紗倉まなちゃんよりも一足先に“朱夏”を歩む者としては、紗倉まなちゃんには“朱い夏”の熱さに負けることなく、歩を進め。もっと輝く女性になっていって欲しいと願って止みません。
ただ、紗倉まなちゃんの“制服卒業”には断固反対のエロマサがいるのです。
それでは、また逢える日を楽しみに、ばいてぃ~♪♪